やさしいHAWAI’ I

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第31回:カミンサイ  入いんなさい
2012年10月04日

【written by 扇原篤子(おぎはら・あつこ)】1973年から夫の仕事の都合でハワイに転勤。現地で暮らすうちにある一家と家族のような付き合いが始まる。帰国後もその 一家との交流は続いており、ハワイの文化、歴史、言葉の美しさ、踊り、空気感に至るまで、ハワイに対する考察を日々深めている。
【最近の私】テニス楽天ジャパンオープンが始まった。今回日本選手は4名の出場。そのうち1回戦突破は錦織と伊藤の2選手。それにしても日本選手が強くなった。世界を舞台に、ランキング17位は錦織、添田と伊藤は50位まで手が届くところにいる。テニスには目がない私にとって、胸躍る毎日が続く。
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前回取り上げた「ピジンイングリッシュ」は、私にとって懐かしさを感じる言葉だ。そして、今もなお忘れられない思い出がある。

ヨコヤマさんの妹・シマダさんと一緒に、パホアの町から近いラバツリー・パーク州立公園を訪れたときのこと。公園は工事中ということで人の気配が全くなかった。ランチ用に買ってきた"海苔巻ベントウ"を抱えながら食べる場所を探していると、駐車場にトラックが1台入ってきた。荷台にはヒッピー風の若者達が数人。何となく異様な雰囲気を感じたシマダさんが「アツコさん、ここを出ましょう」と言ってきた。

「パホアに私のグッドフレンドがいるよ。名前はクボさん。あそこに行きましょう。確か昨日、ラスベガスから帰ってきたはずだから。家がどこかはっきりしないけど、行ってみれば分かると思うよ。ポストオフィスの2軒か3軒向こうのはずだから」。昨日ラスベガスから帰ったばかりのお宅、しかも正確な場所を覚えていない家へ、見ず知らずの私たちを連れて突然の訪問・・・いくらシマダさんのグッドフレンドでも、果たして急に押しかけても良いものだろうか。

そんな気持ちを抱きつつ、パホアのポストオフィスを目指す私たち。ゆっくり車を走らせながら一軒一軒探していくと、シマダさんが「ああ、あれ、きっとあれよ。何となく覚えてるよ」と、ある家を指差した。そして車を降りると、家の奥に向かって「Hello, Mrs. Kubo. Are you there?(クボさん、いますか?)」と大声で呼びかけた。目的の家かどうかもはっきり分からないのに、だ。すると中から、「Who's there?(どなた?)」と、日系の小柄な優しい顔立ちのおばあちゃまが姿を現した。「オー、ミシズ・シマダ。どうしたの?」どうやらクボさんの家で間違いなかったらしい。

「今、私たちラバツリー・パークでランチ食べようとしたら、若いハオレたち(白人のことをハワイ語でこう言う)が来て、怖くなったからやめたのよ。そして私、パホアにグッドフレンドがいるから、そこに行こうと言ったの。この人たち日本から来た、ミスター・アンド・ミシズ・オギハラね」と私たちを紹介してくれた。するとクボさんは、全くの初対面にもかかわらず、私たちを「おー、よく来たね。カミンサイ、カミンサイ」と招き入れてくれた。「カミンサイ」は英語を母国語としている人には、おそらく通じないだろう。これもピジンイングリッシュのひとつだからだ。
かつて日系人は、英語を聞こえたとおりの言い方で使っていた。「Come inside」も、日系人の間では「カミンサイ」としてそのまま定着。私にはこの「カミンサイ」がいつも「入いんなさい」に聞こえていた。

「昨日ラスベガスから帰ってきたばかりで、ハウスはひどいことなっとるけど、遠慮はいらんから、上がんなさい」。するとシマダさんが「ほら、グッドフレンドと言ったでしょ。ミシズ・クボは、初めての人にもとっても良くしてくれるのよ。」と得意そうに話す。私たちは、昔ヨコヤマさんに「人が好意を示してくれたら遠慮しないでJust say thank you」と言われたのを思い出し、図々しくお宅に上がらせてもらった。

31-image001.jpg居間では、クボさんのご主人もニコニコしながら私たちを迎え入れてくれた。確かに部屋は大変な状態になっていて、旅の間に出た洗濯物が山のように積まれていた。それでもクボさんは私たちを食卓のテーブルへ連れて行き、「座んなさい、座んなさい、遠慮はいらんから」と席を勧めてくれる。「飲み物は何がいいかね」と尋ねられると、シマダさんが「ランチを持ってきたから、水だけでいいよ」と答えた。「海苔巻きベントウを買ってきたから」。

「おー、そうかね。このごろ、ラバツリー・パークは少し怖くなったね。人がおらん時はあまりいかんほうがええね。マイ・ハウスに来てくれてよかった」。そう言って、ニコニコしながら飲み物を用意してくれる。そのほかにもいろいろ出してくれ、テーブルはたちまち食べ物でいっぱいになった。

しばらく楽しい時間を過ごした後、シマダさんが「Now, we're leaving.. Thank you so much, Mr. and Mrs. Kubo(そろそろ帰るよ。本当にありがとう)」と言って席を立った。するとミシズ・クボは、「なら、ちょっと待ちなさい。」と、大きな袋に入れた手作りクッキーとビーフジャーキー1袋をお土産にくれた。そして私たちの手を握りながら「また来なさいね、また来なさいね」と、何度も言うのだった。

初めて会う私たちを暖かく迎え入れ、お土産まで持たせてくれたクボさん。そんなクボさんの「カミンサイ」は、いつまでも私の心に優しく響いていた。それはまるで秋田の祖母の家を訪れた時に感じた気分と同じだった。