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2009年5月 アーカイブ

vol.57 『ストレンジャー・ザン・パラダイス』 by 藤田庸司


5月のテーマ:旅

翻訳者は言葉が持つニュアンスに敏感であるべきだ。例えば"旅"と"旅行"という単語の意味、定義について考えてみる。辞書においては、旅は「住む土地を離れて、一時他の土地に行くこと。旅行」とあり、旅行は「徒歩または交通機関によって、おもに観光・慰安などの目的で、他の地方に行くこと。旅」となっていて、ほとんど違いはない。では、なぜ修学旅行を"修学旅"、放浪の旅を"放浪の旅行"とは言えないのか?それは言葉の持つニュアンスが存在するからだ。旅にはどことなく"自由"というニュアンスがあり、旅行には"計画性"のようなものが含まれている気がする。同じ「他の地方に行くこと」にしても"気まま"とか"行き当たりばったり"がなければ、それは旅ではなく旅行だし、すべてにおいてきちんと仕切られた旅は旅行と呼ぶべきではないだろうか。今回は旅映画と呼ぶにふさわしい"気まま"や"行き当たりばったり"満載の作品を紹介しようと思う。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
ニューヨークに住むウィリーのアパートに、ある日、故郷ハンガリーからいとこのエヴァが訪ねて来る。アメリカでの生活を送るため、クリーブランドに住むおばの家へ行く予定だったエヴァを、おばが急きょ入院することになったため、しばらくの間預かることになったのだ。最初はギクシャクするウィリーとエヴァだが、やがてウィリーの友人エディーを交えた奇妙な友情が芽生えていく。やがて、おばの回復に伴いクリーブランドに旅立ったエヴァ。一年後、急に思い立ったウィリーとエディーは、エヴァと再会を果たすべくクリーブランドへと車で出発する。

派手なセットもなく、セリフも少ないうえ、淡々と進む物語だが、どことなくコミカルで、ほのぼのとした雰囲気が漂う本作。ストーリーはすべて思いつきと行き当たりばったりで展開されていく。旅に出るウィリーとエディーには計画性のかけらもなく、イカサマポーカーで巻き上げた金で、思いつくや否やクリーブランドへ出発。突然の訪問に驚くエヴァを誘い、今度は思いつきでフロリダへ。もちろん理由などない。そしてフロリダでは負けた時のことも考えず、有り金すべてをギャンブルにつぎ込む。いい加減でだらしないとも言えるが、彼らには気持ちいいほどの自由と不思議な生命力が溢れている。観るたびに、ふらりとどこか遠くへ旅したくなる作品だ。
最近待望のDVD化を果たしたジム・ジャームッシュの初期作品たち。不朽の名作『ダウン・バイ・ロー』と共に、是非チェックしたい一本だ。

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『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
出演:ジョン・ルーリー、エスター・バリント
監督:ジム・ジャームッシュ
製作年:1984年
製作国:アメリカ/西ドイツ
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vol.58 『ライオンキング』 by 藤田彩乃


5月のテーマ:旅

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」と芭蕉の言葉にもありますが、「旅」ときいて最初に思い浮かんだ言葉は「人生」。この世で生きるということは、ひとつの旅を続けているということ。後戻りできない恐怖と何が起こるか分からない不安の中で、寄り道したり休憩したりしながら、自分の選んだ道を歩んでいるのだと思います。そこで今回は私がこよなく愛するディズニー作品の中から『ライオンキング』をご紹介。主人公シンバの自分探しの物語です。

物語の舞台は動物の王国プライドランド。ライオンの王・ムファサは、王位を狙う弟スカーの罠にかかり殺されてしまいます。ムファサの息子シンバはスカーに脅され、自分のせいで父が死んでしまったものと思い込み、王国を旅立っていきます。失意のどん底のシンバは、ミーアキャットのティモンとイボイノシシのプンバァ出会い、「ハクナ・マタタ(くよくよするな)」をモットーに、過去から目を背け新天地で楽しく暮らします。しかし、ひょんなことから幼馴染のナラと再会し、故郷の惨状を聞くことに。湖に映る自分の姿に亡き父を見たシンバはスカーと対決するため、王国に戻っていきます。

作詞家ハワード・アシュマンと作曲家アラン・メンケンの黄金コンビが去り、エルトン・ジョンが音楽を担当した本作。手塚治虫の「ジャングル大帝」に酷似していると、日本のアーティストがディズニーに抗議したり公開前から話題になり、「ひょっとして駄作に終わるのでは」と幼心に勝手に心配していたのを今でも鮮明に覚えています。(私はブラックジャックに本気で恋をするほどの手塚治虫ファンですが、盗作だとは思いません。)

映画の冒頭のサバンナのシーンは圧巻。名曲「Circle of Life」が流れる中、いきいきと壮大な大自然を駆け回る動物たちの姿に釘付けになります。ディズニー映画はセル画の数が多くて有名。1秒間に24枚のセル画を使うフルアニメなので、キャラクターがまるで生きているかのように美しく動きます。日本のアニメでは経費節減のためなのか、キャラクターがあまり動かず口だけ動いてることも多いですが、ディズニーでは6フレーム以上、キャラクターが動かないことは絶対にありません。実際の人間の動きに少しでも近く見せようとこだわっている結果なのですが、その影響もあってアメリカの吹替作品のリップシンクの正確さは、目を見張るものがあります。

ディズニーソングが大好きな私としては、挿入歌もオススメしたい!主題歌の「Can You Feel the Love Tonight 」はアカデミー賞 作曲賞、主題歌賞を受賞しています。あまり有名ではありませんが、私のお気に入りは「He Lives in You」。聞くだけで鳥肌が立ちます。「Hakuna Matata」は底抜けに陽気で元気が出ること間違いなし。バカがつくほど楽天家な私のテーマソングでもあります(笑)

また、ジュリー・ティモアの斬新な演出でトニー賞を総ナメにした舞台ミュージカル版も必見。影絵や文楽などアジア伝統芸能を取り入れた演出は衝撃的でした。英語のオリジナル版でティモンとプンバァはニューヨークのブロンクス訛りで話すのですが、日本で上演されるにあたっては各上演地の方言に翻訳されました。いくつか観ましたが、プンバァは大阪弁が似合っていましたね。日本では劇団四季が上演していますので、機会があればぜひご覧ください。

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『ライオンキング』
監督:ロジャー・アレーズ、ロブ・ミンコフ
脚本:ジョナサン・ロバーツ、アイリーン・メッキ
音楽:ハンス・ジマー
主題曲:『愛を感じて』
作曲:エルトン・ジョン
作詞:ティム・ライス
製作年:1994年
製作国:アメリカ
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