発見!今週のキラリ☆

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2012年8月 アーカイブ

vol.141 「誰のためでもないテープ」 by 桜井徹二


8月のテーマ:記録

10代前半のころ、僕は来る日も来る日もテープばかり作っていた。好きな曲ばかりを集めた、いわゆる「マイ・ベスト」テープだ(映画『ハイ・フィディリティ』で主人公が、気になる女性に渡すために曲をピックアップして作っていた、あれです)。

僕の「マイ・ベスト」テープは、ラジオ番組の曲を集めたものだった。番組をカセットに録音して、それを聴いてこれはと思う曲があれば、その曲をまた別のカセットにダビングしていく。そうやってこつこつと自分が好きな曲を集めたテープを作っていた。

と書くとわりと簡単そうだけど、実際はものすごく時間がかかる。ラジオ雑誌を買って曲名を調べる。無音の部分がなるべく少なくなるように曲の長さを計算しながらダビングする。手動で録音スタート・停止をするので、録音中はステレオの前でじっと待つ。おそろしく手間のかかる作業だった。しかもこの手間ひまかけたテープは、『ハイ・フィディリティ』のように女の子に渡すために作っていたわけでも何でもない。

当時の同級生の間ではBOOWYやブルーハーツなんかが人気だったけれど、僕の音楽的アイドルはペット・ショップ・ボーイズやスティングなんかだった。友達や女の子が氷室や光ゲンジなどの話をしているそばで、僕は下敷きにデペッシュ・モードのシールを貼ったりしていた。だから、トム・トム・クラブやウォズ・ノット・ウォズが入っているような僕の「マイ・ベスト」を聴かせるような相手なんて、友達を含めてどこにもいなかったのだ。

もし僕がアメリカかイギリスあたりの中学生だったら、『(500日の)サマー』のエレベーターの中のシーンのように、「へえ、そのアーティスト好きなの?」みたいなことになって、もう少し華やかな学校生活を送れていたかもしれない。でも残念なことに僕はアメリカに住んではいなかった。日本のまともな中学生なら誰だって、ノートに「PSB」なんて訳のわからない落書きをしてるような人に話しかけようとは思わないだろう。

それでも(あるいは、だからこそ)、僕は時間と情熱を傾けてテープを作っていた。そうやってかなりの時間を費やして記録した曲は、確実に僕の体に染み込み、僕の血肉となっている。それからあとも僕はずっと1人で勝手に好きな音楽を聴いてきたけれど、つねに音楽的な嗜好のベースにあるのは、あの頃好きだった音楽であり、あの頃ラジオから集めた曲だった。

だから誰のためでもないテープ作りに注いだあの膨大な時間も、けっして無駄ではなかったと思っている。もちろん1人くらい、「へえ、そのアーティスト好きなんだ?」みたいな子がいたらもっと言うことはなかったのだけれど、それはそれとして。


vol.142 「世界最古の記録」 by 浅野一郎


8月のテーマ:記録

"今年は記録的な猛暑"という言葉を聞かない日はないのではないか? と思う今日この頃。
さて、今月のテーマは、その「記録」。記録という言葉にもいろいろな使い方があるが、私は"世界最古の記録"という表現に猛烈に心を惹かれる。

特に「記録」ということになると、やはり仕事柄か"文字"で記録を残すということに思いを馳せてしまう。

史上最古の文字は紀元前3200年に発明された楔形文字だと言われている。言葉を記録するためのものだそうだが、後世に文化や知識を後世に伝えるという目的もあったのだろう。
しかし、言葉という音声をベースとした情報を文字で記録することには困難がつきまとったに違いない。伝達体系がまったく違う2つのものを具現化しようとするのは、一見、不可能に思える。文字を発明した人も同じような苦労を味わったことは想像に難くない。だから誰でも分かるような象形文字を使うなどの工夫をしたのだろう。

いま、約15名程度の修了生に10月1日に開局する某チャンネルの子供向けアニメ番組の聴覚障害者向けクローズド・キャプションのライティングとディレクションを手掛けてもらっている。登場人物の行動や思惑を、音を聴いて理解している視聴者と聴覚障害者が同じ理解度に達するよう文字で表現するという作業は、コーヒーを飲んでいる人と水を飲でいる人に、同じ味覚を提供しようとするようなものだ。

素材の種類は、英語の発音やスペルを分かりやすく教える番組から物事の成り立ちなどを実験などを交えて教えるものまで実にさまざまだ。特に発音を教える番組を文字だけで表現するという作業には大きな困難が伴う。

この仕事は、まさに文化や知識を後の世に伝える、という文化的な大プロジェクトに他ならない。いま修了生のチームが苦労をして作っているクローズド・キャプションで番組を観たことがきっかけで、将来、アニメクリエーターになる子どもがいるかもしれない。
物理学者やスポーツ選手になるきっかけを作るかもしれない。今年を「クローズド・キャプション元年」として、後世に恥じない仕事をしようと心に誓った。